多くの受験生や就活生を悩ませる「小論文」。苦手、好きじゃない……ネガティブなイメージを持つ人も多いかもしれません。しかし入試や入社試験など、小論文を書かなくてはならない機会はたくさんあります。
こうした中、宝塚市にある教材や文具の開発を手がける株式会社「コトバノミカタ」は、「小論文が、よく書ける原稿用紙。」を発売しました。小論文を書くための指南書がセットになったこの原稿用紙の開発には、神戸大学の学生や他大学の学生も関わっているとのこと。製品の発売にいたるまでのストーリーを取材しました。
出産がきっかけで教材づくり
「小論文が、よく書ける原稿用紙。」を制作したのは、「コトバノミカタ」の代表取締役である本下瑞穂さんです。本下さんは京都市にある嵯峨美術短期大学で油絵を専攻し、さらに専門学校を経て京都造形芸術大学でデザインを学びました。卒業後はデザイナーとして活動していた本下さんが教材の開発に興味を持ったきっかけは、自身の出産でした。
本下さんは「子どもが生まれたときに、教育について考えなければならないと感じました。私は勉強が嫌いで美術の世界に入った人間なんですが、デザインを使えば教育でも面白いことができるのではないかと考えました」と当時を振り返っていました。
図形や立体で作文教育
本下さんが特に作文教育に興味を持ったきっかけは、アメリカの非営利団体「TED」の配信するプレゼンテーションの動画を視聴したことです。「学校教育は創造性を殺してしまっている」と題されたプレゼンテーションの構成に感動し、欧米の作文教育について調べはじめました。アメリカでは、書くための型を習得するために、図形や立体を使った授業が行われます。例えば「序論」「本論」「結論」からなる構成の説明に、ハンバーガーを模した図形が使われています。上のパンが「序論」、間に挟まるレタスや肉などの具が「本論」、下のパンが「結論」といったように視覚的にわかりやすくイラストを用いて教えるのです。本下さんはアメリカの作文教育に倣えば、デザインの技法を活かすことができると考えました。
「小論文が、よく書ける原稿用紙。」
そうして2014年に、漫画と図を用いたメモで楽しく読書感想文が書ける「読書感想文が、よく書ける原稿用紙。」を発売。この改訂版は宝塚市の「宝塚ブランド」にも選定され、好評を博しました。この反響として、本下さんのもとに高校生の子どもを持つ母親から、小論文が上手に書けるようになる原稿用紙を開発してくれないかという依頼がありました。2020年度からはセンター試験に代わり新しい共通試験が開始され、記述力を問う内容が多くなることから、大学受験でも文章を書く能力がますます重要になります。そういった背景もあり、本下さんは「小論文が、よく書ける原稿用紙。」を制作することを決めました。この「小論文が、よく書ける原稿用紙。」には、原稿用紙のほかに小論文を書く上でのコツをまとめた教材や漫画が付属され、製品のかなめになっています。
「小論文弓矢方式」
本下さんは小論文の執筆のコツを「的」「弓」「矢」の3つで例える「小論文弓矢方式」を考案し、教材の中で解説しています。まず主題を「的」に見立て、的の外側から中心に向かって「事実」「意見」「問い」の順に項目を配置しています。この図では、主題の情報を「事実」と「意見」に分けて整理し、「問い」を立てる重要性が説明されているのです。また「弓」や「矢」の例えでは、「反対」や「賛成」の立場を明確にすること、小論文は「序論」「本論」「結論」の3つのパートからなることが、わかりやすいイラストで説明されています。本下さんは「『的を射た文章を書く』というテーマに沿うよう弓矢の比喩を用いました。答えに向かって突き進む矢のイメージのかっこよさにも惹かれました」と、その着想を話してくれました。
神大生がアドバイスと校閲で活躍
この製品の開発に参加したのが、神戸大学経済学部3年生の瀧本善斗さんです。瀧本さんはかつて、報道サークル「神戸大学ニュースネット委員会」の編集長として活躍していました。阪神・淡路大震災の遺族を取材する中で、犠牲者の後輩だった本下さんと出会ったのがきっかけで、今回の原稿用紙の制作に携わりました。
瀧本さんは「小論文弓矢方式」を考案する上で大きな貢献をしました。主題を考えるのに9分割された図を用いるなど、現在よりも複雑な構成だった試作品。瀧本さんはこれを実際に使用し、「学生が使うには作業が多く、時間がかかりすぎる。もっとシンプルなつくりの方が良いのでは」と本下さんに指摘しました。このアドバイスを参考にして、本下さんは「小論文弓矢方式」を考案したといいます。
また報道機関で校閲のアルバイトをしている瀧本さんは、教材の文章の校閲も担当しました。試作品の漫画のセリフ、指南書の文章の「てにをは」、誤植、それに専門用語の使い方などを校閲し、詳細なレポートにまとめました。本下さんは、このレポートが制作の上で大いに役立ったと言います。
瀧本さんは「サークルで発行していた新聞と小論文とでは書き方が異なります。小論文を書く上での枠組みや型といったものが勉強になりました」と感想を話してくれました。
製品の開発が学生の学びの場に
制作には神大の瀧本さんだけでなく、本下さんの会社でインターンとして働く岡山県立大学デザイン学部4年生の長沼未有さんも参加しています。長沼さんはイラストを手伝い、ルネサンス期の巨匠ラファエロの描いた「アテナイの学堂」をモチーフにした背景を漫画に描きました。
長沼さんは「本下さんのもとで、デザインが問題の解決に役立つということを学びました。将来はグラフィックデザイナーになりたいと考えているので、良い経験になりました」と話していました。
長沼さんは取材の最中も本下さんの話をしきりにメモしていて、本下さんの取り組みが学生の学びの場としても機能していると感じました。
「小論文を書くことは『かっこいい』」
取材の最後に本下さんから、小論文をこれから学ぶ中高生や大学生へメッセージを頂きました。
「小論文には小難しいイメージがありますが、繰り返し書くことで思考力や表現力を磨き、自分の意見をはっきりと述べる力を養うことができます。ですので、小論文を書くことに『かっこいい』イメージを持ってほしいです。小論文の課題を通じて、社会的な問題を知るきっかけにもなります。『小論文が、よく書ける原稿用紙。』で、これからの情報化社会や国際社会の中で自分の意見を主張する力を身に着けてほしいです。」
◯取材を担当した学生のコメント
医学部3年 山岸陽助(記事担当)
ふだん文章を書く機会の少ない私ですが、これを機に小論文を書いてみたいと感じました。取材に快くご協力下さり、誠にありがとうございました。
法学部1年 北浦里紗(撮影担当)
私自身、小論文が書けなくて苦労した経験があるので、こんな商品があったらもっと早く苦手意識を克服できていたかもしれないと思いました。和やかで楽しい取材でした。ありがとうございました。
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